阪神淡路大震災5周年復興コンサート

(1月17日、兵庫県立文化体育館で、兵庫県吹奏楽連盟主催)

内海大成指揮 リード作曲「春の猟犬」を演奏する4校合同バンド

部員にとっても私にとっても特別の日が1月17日、あの震災の日。数え切れないほどの
悲しみと、心からの支援を受けたことを改めて実感させられたコンサート。県内はもちろん
のこと、奈良や東京・多摩市からも徹夜の強行軍で西代の兵庫県立文化体育館へ駆けつけ、
心温まる演奏を披露してくれた。関西学院、県立西宮、報徳学園、仁川学院の4校合同
バンドも大阪音楽大学の内海大成先生の指揮でリード作曲の「春の猟犬」を見事に
演奏した。特に金管楽器の成長が著しく、昨年とは比べ物にならない立派な演奏を
してくれた。


兵庫県吹奏楽連盟理事長の馬場先生、吉永先生の指揮で全員合同演奏!

最後に500名以上の参加者全員が元今津中学校の石川学先生作曲の「ステップバイステップ」
の合同演奏でフィナーレとなった。そして兵庫県吹奏楽連盟の吉永陽一先生の被災地を代表して
の挨拶は、まさにこれからは、受けるばかりでなく、辛い思いを共感できる被災者として支援する
ことの大切さが印象に残った。東京・多摩市へ出発するバスに手を振り、わざわざ窓を開けて
くれた青年に「あそこの電柱、曲がっとるやろ。あそこの看板も。5年前からや。あそこの橋は
落ちてしまった。電車は地下を走ることになった。強行軍で大変やろけど、
よく神戸を見ていって・・・」と言った。その青年はうなずいてくれた。
この行事に参加できたことは部員にとっても私にとっても大変大きな出来事となった。

阪神淡路大震災5周年復興コンサート「そして未来へ・・・」     2000.1.16.
閉会式挨拶文
兵庫県吹奏楽連盟
副理事長 吉 永 陽 一

震災当時、中学3年生だった人が、今年成人式を迎えたと新聞で報じられましたように、
5年間という時間は、世の中そして人々を大きく変化させてきました。
閉会にあたり、少々お時間を頂戴し、私達周辺のこれまでのご報告を交え、お礼とお願いを
申し述べさせていただきます。

本日は、5年前の阪神淡路大震災の記憶を風化させてはならないため、そして今日まで、
復興に立ち上がってきました私達を是非ご覧いただくため、ここ県立文化体育館において
演奏会を開催しましたところ、全日本吹奏楽連盟副理事長平松久司様、兵庫県生活文化部
総務部長濱谷善彦様をはじめ、多数ご来賓のご臨席を賜り、県下七地区はもちろんのこと、
関西、そして遠く多摩市からも吹奏楽仲間が集まって下さり、このように盛大な演奏会が挙行
出来ましたことは、主催者として喜びに耐えません。

一口に五年と申しましても、振り返えれば今日までの復興の道のりは、決して容易なもので
ありませんでした。
突然の激震は、私達の仲間を含む多くの尊い命を奪い、財産を奪い、これまでの私達の生活
環境をことごとく破壊してしまいました。
その時、命拾いした私は、自らが生き抜くために何をすべきか、真冬の厳しい寒さを忘れ、
夜明け前の、真っ暗がりの中、散乱した家具から飛び散った割れたガラスの上を、着のみ
着のまま手探りで歩き始めたことを、あたかも昨日のことのように鮮明に記憶します。そして
その私達の生活復興に向け被災者同士が力を合わせる姿に、国の内外を問わず、救援の
温かい手を差し伸べて下さる多くのボランティアが、ここ阪神淡路地区に集まって下さいました。

さて、この非常時に県吹連は何をすべきか、早速、関西吹奏楽連盟理事長、松平正守氏の
同席を得、初の緊急本部会が比較的被害の軽微な加古川で持たれました。会議に出席する
皆が、ズタズタに寸断された様々な交通機関をつなぎ合わせるように乗り継ぎ、ようやくたどり
着いた加古川は、日が暮れても町の明かりを絶やすことなく、普段の、町の温もりを私達の
心によみがえらせてくれました。そして、この町の明かりが、絶え間なく続く余震、夜になれば
街灯もなく、真っ暗がりの人気のないガレキの町、そして毎日の冷たい凍えるような食事に、
半ば慣らされ、荒んだ私達の心を、一日も早い復興に燃える、県吹連の様々な活動へ突き
動かしたのでした。

また、この私達の復興への意気込みに答えて下さるかのように、全日本吹奏楽連盟はじめ
全国の吹奏楽関係者から、多くの激励のお言葉やお便り、そして義援金が寄せられ、私達の
心や音楽活動の復興に、多大のご支援を頂戴しましたお陰で、今日の私達及び兵庫県吹連
があると言えます。
特に、数多くのご支援の中、多摩市主催による「Band Aid For Hanshin」と銘打った
チャリティーコンサートが、会場となった「パルテノン多摩」で、震災の年から毎年、
全国各地の激しい予選を突破し、栄えある全日本吹奏楽コンクールに出場のため上京する、
全国の高校バンドに向かって呼びかけ、実施されました。そして、これに答えて参加された
多くのバンドは、私達を演奏で支援するため、コンクールの厳しい練習の合間を縫って、
このコンサートのための特別プログラムを用意され、満員の聴衆を感動と興奮の渦に巻き
込むのを、私は、心の復興が十分進んでいない、前回の98年、被災地のバンドとしてこれに
出演し、初めて目のあたりにした時、感謝の気持ち以上に、支援の勢いに圧倒されたのを
覚えています。こうして生まれた収益金が、毎年そっくり県吹連に送られ、復興に立ち上がる
私達に、大きな勇気を与えて下さいました。

今年もこのコンサートが、先日、1月8日に行われ、理事長と共に演奏会の一部始終を
拝見しました。開演から終演まで、1400人収容の大ホールの客席は、全て、支援に協力
して下さった聴衆で埋め尽くされ、更に、立ち見の人が通路を埋るほどの、大盛況ぶりに
バンドエイドの趣旨が、震災から5年経った今も、何ら色あせることなく多くの方々に支持
される様子に、理事長共々、感謝の念で深々と頭を下げるのみでした。そして今年もまた
、全てのバンドが素晴らしい演奏と共に、見事なパフォーマンスを繰り広げられ、更に
今回は、この広いステージを、手に手に楽器を持ち、ぎっしり埋め尽くした200名を越す
多摩市近郊の、小学生から社会人までの有志が、大阪府立淀川工業高校、丸谷先生
指揮のもと、復興支援の演奏を披露されました。

私は、これまで様々な拍手を聴きましたが、バンドエイドの会場で聴く拍手からは、過去に
味わったことのない、特別な印象を受けました。それは、この会場の拍手が、素晴らしい
演奏に対する聴衆の熱狂を表すのに加え、被災地兵庫県の一日も早い復興を強く願う、
全ての聴衆から送られる温かいエールであることに、しばらくしてようやく気づき、前回と
異なる自分を発見することで、自らの心の更なる回復を確かめることが出来ました。

この演奏会を5年にわたり主催されました、「バンドエイド実行委員会」及び財団法人
「多摩市文化振興財団」、そしてこれまで全国からご支援下さいました、全日本吹奏楽
連盟はじめ、全ての個人、団体の皆様方に重ねて心より厚くお礼申し上げます。

本日の演奏会が、テーマを「そして未来へ・・・」と題し、皆様にご覧いただきましたが、
私達及び我が兵庫県吹奏楽連盟は、震災より五年間という時間と戦いながら、ようやく
ここまで復興を遂げて参りました。
そして、このテーマは、私達がこれら多くの皆様方から頂戴しました、物心両面にわたる
ご支援に報いるためにも、「自らの一層の復興への誓い」と合わせ、「これまで以上に
幅広い連盟活動を通じ、社会に貢献していくことをぬきにして、兵庫県吹奏楽連盟の
明日はない」の、確固とした思いからこの様に銘打ったのであります。

本日の演奏会もこの一環とし、私達同様大地震で多くの人命が奪われ、現在も日々の
生活に支障をきたしておられると聞きます、台湾及びトルコの人々の、復興の一助とする
ため、募金活動をコンサートと平行し、ロビー等で行ってきました。
これにより、私達被災者が震災より5年が経過する今、ご支援を頂戴するばかりでなく、
全国の素晴らしいお手本を元に、自らの活動を通じ、支援する立場に立てた時、私達の
心の震災復興がまた一歩進んだと言えます。

私達が、心と体で味わったと同様の、言葉で言い尽くせぬ恐怖と、日々の厳しい生活を
今なお続けておられる、二カ国被災地の方々の支援に立ち上がる、私達の活動に対し、
どうか、お一人でも多くご理解とご協力を賜りますよう、お願い申しあげますと共に、
私達が頂戴しましたご支援に対する心からの感謝と、私達の更なる復興への誓い、
合わせて二カ国被災地の一日も早い復興を祈念し、皆様と共に大きな拍手のエールを
交わしまして、阪神淡路大震災五周年、復興コンサート「そして未来へ・・・」の、閉会と
いたします。

皆様、長期間、本当にありがとうございました。